愛の夢
『お時間があるようでしたら、一度京都にお見えになりませんか?』
以前、お仕事で大変お世話になっていた方から嬉しいメールを頂きました。
尊敬している方からお誘い頂けるなんて、なんて光栄なこと!
けれど、フリーランスの今の私に、旅行をする余裕などありません。
その旨を正直にお伝えしましたが、こちらの事情は、もちろんご承知の上。
『京都に、おこしやす。』
二度目のメールに書かれていた、この言葉のなかに、あたたかなお気持ちが滲んでいるのを感じ京都行きを決めました。
京都に着くと、街は、海外からの観光のお客様で溢れかえっていました。
どこへ行ってもお祭りのような賑わいに少しへこたれつつも、夕暮れの鴨川を眺めたときは、夕空の広がりと夕空を映す水面の美しさに見惚れ、『来てよかった。』と独言ました。
その翌日、有名な観光スポットの賑わいとは対照的な閑静な佇まいのレストランにお招き頂きました。
今まで、殆どお仕事のお話しかしたことのない、しかも人生の大先輩との会食。
少しドキドキしました。
けれど、程なくお話を傾聴しているうちに、しみじみと感銘を受け、心が開いて行くのを感じました。
その後レストランに隣接した日本庭園にご案内頂き、穏やかな午後のひとときをご一緒しました。
お仕事でお世話になっていた頃のことを思い返すと、今日ここに、こうしてご一緒していることが不思議に思えてなりません。
「実は、今、自分が京都に来ていることが不思議でなりません。
・・でも、たぶん、今日ここに来たことも、お話を伺ったことも、後から意味がわかるような気がします。 旅って、いつも、そういうもののような気がします。」
お招き頂いたこと、そして、心のこもったおもてなしに感謝し、紅葉にはまだ早く、けれど金木犀の静かに香る美しいお庭を後にしました。
その晩、一人でコンサートに行きました。
旅の記憶が濃くなるような気がして、いつからか、可能な限り、旅先で音楽会に赴くようになりました。
プログラムは、珠玉のピアノ曲ばかり。
2時間余りのプログラムが、お二人のピアニストによって演奏されました。
演奏の合間には、楽曲の解説も加わり、とても親しみやすい演奏会でした。
とりわけ、リストの「愛の夢 第3番」が心に残りました。
「愛の夢 第3番」は、リストの大きな人間愛によって作曲されたように思います。 誰であっても、今そこで接している、そのときが最期かもしれないという想いでその人と向き合う。 ” 後悔しないように・・大きな愛を持って、愛し得るだけ愛せ。”・・・そんな強い愛を込めて、この曲を弾きたいと思います。」
ピアニストさんのお話に驚きました。
この甘くロマンティックな名曲に、そのような大きな愛が込められていたとは!
そして、そのとき不意に、今回、京都を訪れた意味、人生の大先輩にお会いした意味に気づきました。
“今そのとき、後悔しないように、大きな愛を持って、今接しているその人と向き合う”
・・日中、大先輩から感じたことは、まさにそれだったのだとわかりました。
大先輩は、お仕事であっても、お仕事を離れても、ご縁をとても大切にし、ゆるやかな人間愛を持って接してくださいます。
京都まで私は、大先輩のゆるやかで大きなお心を受け取りに来たのだと感じました。
幸福感を感じながら歩くコンサートの帰り道。
「愛の夢」の余韻と金木犀の香り漂う京都の夜。
そして闇に吹く優しい風の感触も、大切な旅の記憶となりました。