春の宵 掴もうとしても掴めない感覚
雨あがりの春の夜。
生暖かい風が吹く。
生暖かい風には、甘い花の香りが混ざり、
そして、街中にいるというのに、微かに海の香りも感じます。
その生暖かい風に吹かれると、不意に切ないような、訳のわからない感覚に襲われ、戸惑ってしまうのです。
毎年毎年、春になるたび、そんなことを感じていたのですが、
あるとき、同じように、この感覚に困惑していた詩人がいたことを知りました。
春宵感懐(しゅんしょうかんかい) 中原中也(1907ー1937)
雨が、あがって、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵(よい)。
なまあったかい、風が吹く。
なんだか、深い、溜息(ためいき)が、
なんだかはるかな、幻想が、
湧(わ)くけど、それは、掴(つか)めない。
誰にも、それは、語れない。
誰にも、それは、語れない
ことだけれども、それこそが、
いのちだろうじゃないですか、
けれども、それは、示(あ)かせない・・・・・・
かくて、人間、ひとりびとり、
こころで感じて、顔見合(かおみあわ)せれば
にっこり笑うというほどの
ことして、一生、過ぎるんですねえ
雨が、あがって、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
なまあったかい、風が吹く。
ふだん、まるで詩など読まない私ですが、
偶然にも、この詩に出会い、おおいに詩人に共感してしまいました。
言葉にはならない、この感覚。
毎年毎年、不意に感じては戸惑う、この感覚。
それは、これだったんだ!
やっと、わかってくれた人に出会えたようで、
深い共感が湧き上がりました。
詩人に言葉にしてもらえたことで、
妙な安心感と、無邪気な喜びさえ感じてしまいました。
掴もうとしても掴めない感覚。
詩人が掴めない感覚を、そのまま言葉に残したように、
掴めないまま、歌にしておきたいと思いました。
詩人の言葉を、なぞるようにつくりはじめ、
浅はかと思われそうですが、
ほんのわずかなロマンスのようなものを混ぜ合わせて、
『予感』という歌を完成させました。
生暖かい風が吹く、
雨あがりの春の夜を思い浮かべながら、
耳を傾けて頂けたなら、うれしいです。
予感 ピコジュール
Lyrics,Music,Photography and Video by Picojoule ©️2021 Inagi Kaori